「鍛冶町」の誕生は明暦年間

新潟県三条市一帯で製造されている刃物「越後三条打刃物」の名称は全国的にも知られています。 その歴史を紐解いていくと、江戸前期の明暦年間、時の領主が三条の地に18軒の鍛冶を引っ越させたことに始まります。「鍛冶町」の町名はこのとき生まれたとの説があります。 元々古代から農業が盛んだったこの地では、17世紀後半の天和年間から進められた新田開発に伴い鍬や鎌など農具を製造するようになりました。加えてそれ以外のノミやカンナ、包丁、釘などといった道具や生活用刃物類の生産も始められ、江戸後期には鍛冶が地元の中心産業になるほどに発展を遂げたのでした。

継承される伝統の技

越後三条打刃物の制作過程について紹介していきます。 最初の工程は、熱した金属の塊を叩いて形を変えてゆく「鍛造」の作業から始まります。 次に、熱した鋼と軟鉄を叩きながら接着させ、火中に入れて熱してはまた叩く「火造り」の作業を繰り返します。 しっかり接着したら、軟鉄が熱いうちに包丁の形に整える「成形」を施し、整えた金属の全面に水溶きした砥粉や焼き土を塗布して再び過熱する「焼入れ」をします。 さらに150~200℃の低温炉または油に入れる「焼戻し」で冷やし、「刃付け」をしたら最後に「狂い取り(歪取り)」をします。目の粗い砥石から徐々に細かい砥石で刃を研いで完成です。 職人がたっぷり時間をかけて何度も鋼と火に向い合い、丁寧に歪を取る鍛冶の技法は習得するのにとても長い歳月を要します。そうして継承された伝統技術が2009年には経済産業大臣から「伝統工芸品」に指定される栄誉につながったのです。

イベントで新しい形の地域貢献

近年では、観光客向けに「三条鍛冶道場」という鍛冶体験講座が開かれています。 また、燕市との合同企画で2013年から「燕三条 工場の祭典」と銘打った工場見学イベントを開催し多くの来場者に伝承された技術力を披露するなど、新しい形での地域貢献も大いに注目を集めています。