新潟県で「仏壇」の生産が盛んな理由とは?

日本海側に位置し、雨や雪の日が多い土地である新潟。機械化が進み、情報が豊富な現代でも、自然の力に圧倒されることは少なくありません。荒れた土地を開墾し、水害や冷害などと格闘せざるを得なかった時代は、なお大変だったことは想像に難くありません。
かつて人々の心を支えたのは仏教でした。新潟県では特に浄土真宗を信仰する方が多く、本成寺や真宗大谷派三条別院などの寺院も創建され、その際には京都などほかの土地から宮大工も多く集まったと言います。宮大工の仕事は晴れている日がメインであり、雨や雪の日は休工日でした。そこで収入を安定させるため、職人たちが冬や梅雨など天候の悪い日に仏壇や仏具を手がけるようになったことで、新潟で仏壇が発展したといわれています。
仏壇づくりは信仰心だけの成せる業ではなく、生きていくための手段でもあったのですね。

新潟県の伝統工芸品「仏壇」の種類

白根仏壇

美術的工芸品ともいわれる絢爛豪華な「白根仏壇」は、新潟市と旧白根市を中心とした地域で作られており、300年以上の歴史を持つ伝統工芸です。その始まりは宮大工の長井林右エ門が京都の仏壇の技術を取り入れ、さらに彫刻を施した仏壇が人気を呼んだことにあります。本漆や金箔を贅沢に使用した仏壇に手彫りの彫刻を備えた仏壇は、伝統工芸品と呼ばれるのにふさわしい荘厳なものです。上質な木材を使い堅牢な構造ですが、解体して洗浄することもできるため、200年経っても輝きを失うことはありません。経済産業大臣から伝統的工芸品の指定も受けており、今なお新型の仏壇も生まれています。

三条仏壇

「仏都三条」と呼ばれるほど信仰心の強い三条地方を中心に親しまれている「三条仏壇」。信濃川が近いため、船で材料などをスムーズに輸送できたという土地柄も、仏都の発展に一役買っています。かつてこの地域には京都の宮大工も多く、京都の仏壇づくりに影響を受け、一切くぎを使用しない「ほぞ組み」を採用しました。本成寺や真宗大谷派三条別院を金仏壇として忠実に再現しており、格調高い美しさがあります。金具の細工は現在でもタガネを使い1つ1つ手作業で仕上げており、その精巧さや美しさは当時金物産業が盛んだった三条市の技術が見て取れます。それ以外の工程も、それぞれ専門の職人が手間ひまかけて手作業で仕上げており、その質の高さは目を見張るものがあります。

長岡仏壇

「長岡仏壇」は長岡市を中心に広くみられ、白根仏壇や三條仏壇と同じ時期に誕生しました。ですが、19世紀の初め頃に長岡藩が浄土真宗を保護したことで流れが加速しました。家に仏壇を求める方が増えたことで産業として揺るがぬ地位を築いたのが大きな特徴です。「三ツ屋根型宮殿」と呼ばれる屋根で、西本願寺の一ツ屋根と東本願寺の二ツ屋根の間をとった豪華なデザインが目を引きます。台座と本体を分けることができ、お手入れが比較的しやすいため、先祖から受け継ぎ次の時代へのバトンとして渡していきやすいことも特徴の1つです。さらに、現代の住宅事情も考慮したデザインも豊富で、新潟の伝統工芸品を受け継ぎやすいというのも嬉しいですね。

歴史ある街で生活を営むということ

新潟県には仏壇をはじめ、刃物や陶器、箪笥に織物など多くの工芸品が存在します。流通や通信が発達したことで便利にはなりましたが、「その土地ならでは」を感じられる機会は限られるようになりました。ですが、ここにしかない伝統や技術、歴史に裏打ちされた様式美と共存することは何にも代えがたい価値があります。
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