園内を新発田川が流れる美しい庭園

新発田藩城下町の風情を残す日本庭園「石泉荘」は、知る人ぞ知る新潟の名所です。明治時代は「花菱」という料亭だったそうで、板塀を並べ、門を構えた佇まいは、当時のものだといわれています。1904年大火があり、料亭当時の建物は焼失。その翌年には藩臣の家屋の一部を移築して営業を続けましたが、まもなく他へ移ってしまったそうです。 その後大正時代になると、新津の製油業者だった石崎家に売却され、別邸として使われるようになります。なお、現在も石崎家の方が居住されているそうです。 この庭園最大の特徴は、新発田川が敷地の中央を流れていることでしょう。川の水を引き込んでいる庭は少なくありませんが、私有地の中を一般の川が流れているのは極めて珍しいといえます。 この川は新発田藩主・溝口秀勝が新発田城築城に際し城下町の形成、城の防御のために造ったものです。また江戸時代から明治・大正時代の長きにわたり、庶民の生活用水としても使われていたそうです。そして昭和初期までは、材木を運ぶための筏流しも行われていたとも言われています。 そんな歴史のある石泉荘ですが、「登録有形文化財」および「登録記念物」に指定されています。

江戸~明治時代の趣きを感じさせる建物群

石泉荘のあたりは新発田藩時代、輪乗場、大矢場として藩士の調練が行われており、門前の道路はその名残だといわれています。園内には江戸時代の建物や自然物が点在し、それぞれが庭と見事に調和している景観には静謐な雰囲気が漂います。

見ておきたいスポット

  • 離れ座敷
  • 料亭「花菱」の離れ座敷。主体部は桁行4間半、梁間2間半、南北棟、切妻造、桟瓦葺の木造平屋建てという構造です。川に対して開放的な造りになっています。

  • 茶室
  • 今は茶室となっていますが、もともとは新発田藩医の隠居屋敷だったそうです。日清戦争中の1895年に新発田市内へ移築されました。切妻屋根の木造平屋建てで四畳半の席と二畳の水屋があります。

  • 石橋
  • 昔は住宅部分と離れ座敷を繋ぎ、住人が建物を行き来していたと言われています。現在は渡り廊下ができたため、使用されていません。

  • かつては新発田川の水が滝となり流れ落ちていたそうです。落水音が心地よく、心を落ち着かせてくれます。

  • 川戸
  • 川へ下りるための階段。周辺にもいくつか存在していましたが、現在はなくなってしまったところも多いようです。ここでは現在でも昔のままの姿で残されています。

営業を再開したら、ぜひ足を運びたい庭園

離れ座敷から眺める、緑あふれる新発田川の流れを挟んで、石橋や滝、趣きある建物を絶妙に配置した庭の構成は、初代新発田町長・原宏平氏(歌人としても著名)、金閣寺や銀閣寺といった名立たる名庭の修復にあたった庭師・田中泰阿弥(新潟県出身)をはじめ、多くの文化人の心をとらえてきました。 現在、建物の修復工事の計画見直しとそれに伴う工事実施のために、石泉荘は一般公開を休止しています。近くにある新発田藩主の下屋敷「清水谷御殿」(現在の清水園)とともに新発田の歴史を伝える貴重な庭園ですので営業再開した際にはぜひ行ってみてください。