宴の席を華やかに盛り上げる、日本三大芸妓のひとつ「新潟古町芸妓」

日本では晴れの日を寿ぐ、大事な客人をもてなす、あるいは功労者を労うなど、いろいろな場面で宴を催してきました。その際披露されたのは、唄や踊り、演芸などに秀でた芸人が繰り広げるさまざまな歌舞音曲です。特に宴席を華やかに盛り上げたのは芸妓・芸者で、中でもよく知られているのが京都・祇園の芸妓でしょう。

祇園の芸妓は「日本三大芸妓」に名を連ねていますが、残りのふたつをご存知でしょうか? ひとつは、政府高官や財界人に愛された東京の「新橋芸者」、そしてもうひとつは湊町・新潟の発展にも関与した「古町芸妓」です。江戸時代、北前船の重要な寄港地として栄えた新潟港には、さまざまな海産物、米や塩、木綿、酒などの物資はもとより、文人墨客をはじめ、政財界人、商人や船乗りなど、日本中から多くの人が足を運びました。そんな彼らをもてなしてきたのが、新潟古町芸妓なのです。

新潟古町芸妓のはじまりは、約200年前に遡ります。『新潟市史』によると、この頃から唄や踊りといった芸を生業に、お座敷で披露する女性が現われたといいます。当時の新潟市は数多くの堀が流れ、それに沿ってたくさんの柳が植えられていたことから「柳都」と呼ばれていました。柳の下を座敷に向かう古町芸妓の姿は、とても美しく風情があったそうです。

日本舞踊の家元が厳しく指導する新潟古町芸妓

芸妓たちの卓越した唄や踊りはもちろん、自然の宝庫・新潟県ならではの味覚、柳都に代表される景観などで、明治以降も新潟県には全国から多くの人が訪れます。そのため、最盛期には400人を超える古町芸妓たちが活躍していたそうです。しかし、戦後は自動車輸送が主流となり、堀が埋め立てられていき、また社会情勢の変化による後継者不足などから芸妓の数は激減。そこで新潟文化の一翼を担ってきた古町芸妓の存続を目指し、1987年には地元の有力企業の出資により、全国初の株式会社組織の芸妓養成および派遣会社である「柳都振興株式会社」が誕生しました。

新潟古町芸妓には、大きく分けて柳都振興株式会社社員の「柳都さん」と、昔ながらの置屋制度で育ったベテラン芸妓の「お姐さん」が存在します。また、柳都さんは修業を積んだ一人前の「留袖さん」と若手の「振袖さん」に分かれ、留袖さんが会社から独立すると「一本さん」と呼ばれ、個人で置屋を構え、芸妓をはじめ、さまざまな催しで活動できるようになります。

なお、芸妓は役目によって大まかに「立方(たちかた)」と「地方(じかた)」に分けられます。立方とは舞踊を主にする芸伎、地方は長唄や清元などの唄や語り、三味線や鳴物の演奏を担当します。地方となるには10年以上にも及ぶの修練が必要なため、一般的には立方を卒業した芸妓が地方にまわります。

一人前の新潟古町芸妓になるためには、日本舞踊をはじめ、長唄や三味線、鳴物、笛などの厳しい稽古が必要です。踊りを指導するのは、日本舞踊の家元としては珍しく、地方に本拠を構える「新潟市山流」。創始者は江戸時代中期、歌舞伎の立役から振付師に転じ、市山流(いちやまりゅう)の祖となった市山七十郎で、新潟の市山流は、二代市山七十郎門下の岩井仲助が新潟に拠点を移して創始したと伝えられています。その芸術性は高く評価されており、新潟市無形文化財の第一号に認定されました。

踊りはもちろんのこと、茶道で美しい所作を身につけるほか、宴席が盛り上がるような雰囲気作り、場を和ませる会話術なども芸伎には欠かせません。このように芸を磨き、社交術を学びながら、古町芸伎は新潟のおもてなしの文化を支えてきたのです。

お座敷だけでなく、日本の伝統芸を発信する役割を担う

新潟市中央区の古町通りエリアは「古町花街」と呼ばれており、今でも多くの料理屋が軒を連ねています。中でも歴史と格式を有する老舗が「鍋茶屋」と「日本料理 行形亭(いきなりや)」。江戸末期、1846年創業の鍋茶屋は、初代高橋谷三郎が、すっぽん料理を始めて以来、160年にわたり伝統の味と技と風格を受けつぐ料亭。木造三階建の建物は、平成12年、文化庁の「保存文化財」にも登録されています。一方の行形亭は江戸時代中期、元禄の頃の創業と伝えられ、300年以上の歴史を誇る日本料理店。どちらも宴席に古町芸伎を呼び、余興を楽しむことができます。

お座敷遊びというと、「政財界中心の高級接待」「男性向けの酒宴」というイメージを抱きがちですが、古町では女性同士のお客様もいちげんさんも大歓迎とのこと。「お座敷でのマナーが分からない」「ものすごく高そう」と不安に思っている方も多いそうですが、わからないことは料亭、実際のお座敷では仲居さんや芸妓にたずねれば、親切に教えてくれるそうです。また、先述の行形亭では、年2回、気軽にお座敷を体験できる特別コース(芸妓の舞コース)を設けていますから、まずこちらに参加するのもいいでしょう。

なお、新潟古町芸伎は、料亭でのお座敷だけではなく、さまざまな催事や会合にも出演しています。代表的なものは、古町芸妓総出演し、華やかな躍りを繰り広げる「ふるまち新潟をどり」。日本舞踊に加え、お囃子という伝統芸能も堪能できる貴重な催しとなっています。また、国際会議や国際博覧会、G7サミット、市山流パリ公演など、古町芸伎の舞は海外でも高い評価を得ているのです。

さらに近年は「美や古」の名で知られた歴史ある待合のお座敷の一部をカフェにし、柳都さんがお茶やお菓子を振る舞う「古町柳都カフェ」をオープン。平日2時間限定ですが、お茶を飲んでいると古町芸妓が稽古する三味線や太鼓、笛の音が聞こえたり、料亭へ赴く行き古町芸妓に出会えるチャンスもあるそうです。

このように古町芸妓の活動の場は大きく広がっています。伝統芸を大切にしながらも、新たな試みで、県外からのお客様、訪日観光客が、芸妓文化に触れる機会を持つための努力を重ねています。新潟の風土と歴史、そして日々の稽古が培ってきた新潟古町芸伎の唄や踊りを、多くの人に堪能して欲しいものです。

にいがた就職応援団CAREERでは、新潟県で古くから受け継がれ、今なお新しさを追求している文化について今後も紹介していきます。