縄文人の生活に欠かせなかった「アンギン」とは

「アンギン」とは、縄文時代前期(約7000~5500年前)頃から作られ始めた「編布(編み物)」です。当時は山野で摘んだ「カラムシ」や「アカソ」、「ミヤマイラクサ」などの植物繊維を、糸(現代のような糸ではなく、細い縄やひも)に加工し、それを「もじり編み」という技法(すだれ・俵・畳を編むのにも用いられる)を用いて、布や袋物にしていました。 弥生時代に入ると、織機の部品である綜絖(そうこう)(緯(よこ)糸を通すため、経(たて)糸を上下に分ける器具)が伝わります。これにより、緻密で様々な布が織れるようになると、編み物は衰退。しかし、一遍上人(1239~1289年。鎌倉時代の僧で時宗の開祖)がアンギンの法衣を着用していたことが『一遍上人絵伝(南北朝時代/永徳元年(1381年頃)』で確認でき、また、上杉謙信が鎧下に編布を着用したと伝わっているなど、需要はあったようです。 というのも、中世の越後は青苧(あおそ/カラムシの別名)の特産地で、その多くは京都や大阪に出荷され、大きな富を得ていました。謙信、景勝(謙信の甥。米沢藩・初代藩主)は財政力強化のために青苧(あおそ)栽培を奨励。これが上杉家の重要な財源になったそうです。景勝に仕えた直江兼続が残したという『四季農戒書(農業の指導書)』にも、青苧(あおそ)について記されています。

現代によみがえる古代の知恵「越後アンギン」

アンギンはその後も袖なしの着衣や法衣、敷物、前掛け、袋など、さまざまな用途に使われたようですが、日本人の暮らしからは次第に姿を消していきました。実用されていたのは明治時代までで、現在の十日町市から津南町にかけてのみだったそうです。人々の記憶から消えてしまう直前のアンギンを再発見し、民俗資料として紹介したのが、新潟の民俗学研究家・小林存(ながろう)氏。 現在、新潟県魚沼地方(十日町市、津南町、松之山町、松代町など)ではアンギン製品や製作工具、製作技法が保存・伝承されており、これらは「越後アンギン」と呼ばれています。 アンギン作りに必要な工具は「ケタ」と呼ばれる横棒をアミアシに渡した編み台と、経糸を下げる「コモヅチ」というおもりです。ケタに吊るした経糸に、緯糸を絡ませていくと編地ができます。編む時は均等に力をかけていくときれいな仕上がりになるそうです。

「越後アンギン」を気軽に体験できるスポット

新潟県には、アンギン織の各種製品を販売するお店はもちろん、コースター作りなど、「越後アンギン」を実際に体験・製作できるスポットがあります。

〇アンギンを体験できる施設 :農と縄文の体験実習館「なじょもん」アンギン編みによるコースター作り。

http://www.najomon.com/page_taiken/

今や、全国を探しても新潟県の一部地域にしか残っていない古代の編み物「アンギン」。新潟県に訪れた際は、ぜひ体験してみてください。