クールジャパンとして錦鯉が有名に?

時代劇や昔の風景の中では、日本庭園の中の大きないけすにゆったりと泳ぐ鯉が描かれていることがよくありますね。 錦鯉は、そういった場面によく登場する美しい鯉です。

高級魚である錦鯉を飼うことは、日本ではお金持ちの人のステータスのように感じられますが、実は海外のセレブの間でも、錦鯉を育てることが“クールジャパン”として人気が高まっています。
その理由は、見た目の優雅さや色香漂う動きが和を表し、鯉そのものが日本らしさを表しているから。また、鮮やかな赤を交えた色味も、不思議で仕方ないくらい斬新で、美しいと感じるそうです。

日本人ではなかなか思いつかない発想ですが、海外の人にとっては、そんな和の象徴のような鯉を自国へ連れ帰り、いつでも満喫できるのは素晴らしく優雅なことだと感じられるかもしれませんね。

どうして錦鯉って広まったの?

錦鯉の歴史

この人気を集める錦鯉、実は新潟生まれ。

今から200年ほど前、1804年から1830年の間に、小千谷市と旧 山古志村(現・長岡市)をまたぐ二十村郷という山間部で食用として養殖が行われていました。 その真鯉の中から、突然変異のように赤や色付きの鯉が生まれたことが、錦鯉誕生のきっかけとされています。

その後、何度も品種改良され、ようやく現在の錦鯉になりました。

東京大正博覧会で一躍有名に

1914年に開催された東京大正博覧会で高く評価されたことをきっかけに、新潟の錦鯉は日本全国に広まりました。その後、新潟だけでなく全国で生産されるようになり、錦鯉は「国魚」の称号を得ました。

また、輸送技術の進歩により、繊細な生き物である鯉も海外に発送できるようになったため、現在はアメリカを中心にイギリス、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランス……など、各国へ輸出されています。

錦鯉愛好家にとって新潟は聖地

錦鯉は全国で生産されるようになりましたが、海外の熱狂的なファンからも新潟産のものが最も良いと支持されています。その人気ぶりは、生産地である小千谷市(旧 山古志村)に、聖地巡りで訪れる外国人観光客もいるほど。

旧 山古志村の自然豊かな環境は良い鯉が生産される要因の1つではありますが、それだけではありません。良い鯉を生産するには「鯉師」と呼ばれる鯉を育てる職人が不可欠で、この地域には、家族で代々、鯉師として活躍したことによる貴重な知識が親から子へと受け継がれています。

一般企業では教え込むことが難しい生き物を育てる観察眼、言葉では教えられない生き物の表情など、家族だからこそ受け継いでいける「鯉師」としての教え。

この代々続く「鯉師」たちの知識や手腕があってこそ、“世界一”と言える錦鯉が誕生していることを忘れてはいけません。

このたび、錦鯉のインターネット通販サイトも開設されたとのこと!新型コロナウイルスの影響でバイヤーの来場するオークションが軒並み中止になる中、活路を見出す契機となる予感です。

参考:Koi Fan(コイファン)